カンタベリーから

文学研究でイギリスに大学院留学をしている20代男性の日記です。ポストコロニアル文学・理論、ナショナリズム理論、グローバル化時代のネーション、コスモポリタニズム、現代日本文学、などに関心があります。ですがブログは学問内容とあまり関係ありません。猫好き。料理をよくします。

上野の思い出 ①

むかし上野の映画館でバイトしていた。そのへんの出身でもなく大学が近いわけでもなかったが、映画館でバイトしたいと思い、ネットで申し込むときに新宿と池袋に加えて上野も候補地にあって、まあいいかとそのまま申し込んだら上野の館に配属されることになった。5階建てのビルの3フロアを使った、スクリーンが2つしかない小さい映画館で、社員3人とたくさんのバイトで営業していた。映画館はやりたい人がたくさんいるという理由で時給が安かったが、上映中は受付に座りながら本読んだり好きなことができたので結局2年くらい続けていた。バイトの他の人々はみんな個性的で、ものすごく人見知りするシナリオライターの卵とか、3人組の若手お笑い芸人のうちの2人とか、専門学校出て会社入ったけどすぐに辞めて世界一周しようとバイトで貯金してる人とか、JASRACに就職予定だけど著作権信じてない人とか、バイト中にも図面書いてる建築士見習いとか、いろいろだった。支配人はふだんとてもいい人だけど、ときどき公然とセクハラ発言したり、クレーマーの客に謝りながらも突如ブチ切れたりする人だった。宝塚マニアの社員さんはすごく明るかったがよく給料の不満を口にしていた。ビリーズブートキャンプでダイエットを始めた副支配人は3日坊主だった。

 

西武線沿線で育った僕の感覚では、基本的に映画というのは新宿や池袋など都会に観に行くものであり、けっこう特別なイベントだった。ところが気がついたら自転車で行けるような近所に巨大なシネコンが次々にオープンして、都心の映画館はだんだん無くなっていった。上野もずっとむかしは駅前にも映画館があったし、かつては動物園とか博物館と並んでお出かけの目的地であったはずだが、今はもう映画を観に上野行こうと発想する人なんてほとんどいないのではないか。

 

僕の映画館も基本的に閑散としていた。平日なんかは営業中に時間つぶしするサラリーマンとか、つるんでみたものの行くところが無い中高生とか、映画館の地下にあるフィリピンパブのお客で、フィリピン人女性(たいてい2人)を同伴している人(たいていチケット買うときにものすごく焦っている)とか、映画自体が目的というわけではない消極的な客が多かった。消極的な客はだいたい観たい映画のタイトルが正確に言えないのですぐわかる。

 

その映画館も3年前に無くなってしまった。去年上野に行く用事があって前を通りかかったら更地になっていた。スタームービーという単館の映画館が他にあって、僕の映画館とちょっと交流もあったみたいだけど、そこももう無い。これで上野に映画館は全く無くなってしまった、と思ったんだけど、普通じゃない映画館ならそういえばまだあって、「オークラ劇場」と「世界特選劇場」である。前者はロマンポルノ専門、後者はゲイ映画専門だ。オークラ劇場はロマンポルノのポスターが公道に面して貼ってあって、前を通る度にギョっとしていたが、まだ公然とあれを貼っているのだろうか。

 

手元に無いので記憶頼りだけど、中沢新一は『アースダイバー』の中で上野公園の脇にある不忍池の異様な生命力に触れている。美術館や博物館などハイブロウな文化施設がある武蔵野台地末端の地域から外れた標高が一段低い不忍池周辺にはプリミティヴな欲望が渦巻いている、というような主旨で、不忍池に密生する蓮に強烈なエロスを感じる、とかいうことを言っていた気がする。たしかに蓮は密生しすぎである。

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オークラ劇場と世界傑作劇場はこの蓮の群れのすぐ脇にある。普通の映画館が消えてもこの2つだけこの場所に残っているのには何か必然性があるに違いない。

 

上野の思い出について書こうと思ったのにロマンポルノ映画館の話に行き着いてしまった。思い出は書こうとするとまとまらないな。断片的な思い出がもっとたくさんある。今度また書こう。

 

お笑い芸人の先輩たちの動画があった。3人組のやつは解散して今は2人でやっているらしい。


ロビンソンズ 『合コン』 - YouTube