カンタベリーから

文学研究でイギリスに大学院留学をしている20代男性の日記です。ポストコロニアル文学・理論、ナショナリズム理論、グローバル化時代のネーション、コスモポリタニズム、現代日本文学、などに関心があります。ですがブログは学問内容とあまり関係ありません。猫好き。料理をよくします。

4世紀の銭湯

ブログとFacebookとのバランスがとりづらくて、そもそもブログってだれにむかって書くんだっけ、とか根本的な疑問を抱えたまま月日は流れて、前回のエントリーから220日経っていました。このブログはまだ2回しか書いてないです。

 

とにかくイギリス南部の平坦な日常を生きています。こないだ春休みを3週間ほど日本で過ごして、また帰ってきていよいよ修士論文執筆プロセスに入りました。メールの最後に締めの言葉も入れないせっかちで単刀直入な教授の指導を緊張しながら受けてます。前回はうどんの画像だったけど、料理が相変わらず趣味で、最近はあったかくなってきたのでサラダに凝ってます。こないだはそうめんとサラダでさっぱりなブランチでした。サラダはトマトとアボカドとキュウリとモッツァレラチーズをオリーブオイルとハーブソルトで和えてスモークサーモンを乗っけたちょっと豪華なやつ。

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それでタイトルの話ですが、カンタベリーにはチェーンの本屋さんWaterstonesが2軒あって、人はあんまりいないし陳列も素敵だしソファあるし、行くと落ち着きます。2軒のうち1軒の地下にガラス張りになってるエリアがあって、最初は全然注意を向けてなかったんだけど、これがローマ時代の遺跡だった。

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何の遺跡かは写真からはわからないんだけど、これ公衆浴場です。上にイラストと解説があります。

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ローマ時代・紀元300年のお風呂の遺跡だそうです。むかしはここでローマ人が風呂に浸かってたんですね。そこがいま本屋の地階。

 

カンタベリーと言えばとにかく大聖堂です。大聖堂に行かないでカンタベリーを語るなかれ、大聖堂に行かずこの地に住んでるのは東京に住んでて東京タワーに行かないようなもんで、そんな人がいるはずないどころかそういう話はよくあって、現に僕は東京生まれ東京育ちだけど東京タワーに行ったことがない。教授との雑談によれば3年間ここでPhDやってる学生で、タダで入れるのに大聖堂行ったことない人がいる、ということは行ったことない人たちは潜在的にかなりいるのではないか、ていうのは話がそれてて、とにかくどでんとそびえております大聖堂。いろいろ歴史はあってよく知らないけど、7世紀くらいに起源があって現在の建物は1000年近く前に建てられたものだそう。その後だれかの離婚問題で英国国教会が設立されてからその総本山ってことで、威厳と風格を放っています。大聖堂より高い建物はこの街にありません。

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大聖堂は実は1ヶ月前にはじめて行って、礼拝をする荘厳な空間は世俗的な歴史とは隔たった時間の流れを感じさせ、ステンドグラスとか綺麗だし、細かい説明を読んで歴史を感じる気にもならないけどいろいろ由緒ある何かがいっぱいあって、まあ鎌倉の建長寺に中学生のとき行ったような感覚で、古いなあ、大したもんだ、というぐらいの感想を持ちました。

 

それで話は変わって、僕は大学内の寮に住んでるんだけど、ここにはバスタブがなくてシャワーだけです。これがとてもつらい。冬は本当にきつかった。バケツを買って足湯をやって白湯を飲みまくり冬を越しました。この冬は250年ぶりの嵐で毎晩嵐の音で眠れないほど。人生最悪の冬だったと言っても過言ではない。それで公衆浴場です。お風呂好きの典型的な平たい顔族の私としては、公衆浴場は残してほしかった。アウグスティヌス氏が7世紀に修道院を作ったのはそれはそれで立派だったのかもしれないが、ローマ時代の大いなる遺産たるお風呂を保存しようという動きはなかったのか。みんなでお風呂入ったら楽しいじゃないか、単純に。

大聖堂のほうを由緒正しき遺跡にしていただいて、代わりにお風呂再建、というのがありえたかもしれないもうひとつの歴史の流れであり、それを強く願っている人がどこかにいても全然おかしくないと思うんです。

 

次回はイギリス南部の海辺のリゾート紀行を書こう。